ちこういん

庚申と三匹の虫

昨日は庚申でしたのでお経をあげました。と言っても何のことやら?と思われる方も多いのでは。
仏教の守護神である帝釈天の御縁日で法味(お経)と供物をお供えました。
 
帝釈天は古代インドでは軍神・インドラと呼ばれる神さまです。
仏教では須弥山の頂上の喜見城に住んでいて、神々の統率者として、仏さまの教え、正法を護持する神さまです。しかし仏さまの教えを聞くまでは、阿修羅と戦っていた荒々しい神でもありました。
帝釈天は三十三天の主であると同時に四天王を統率し、人間界をも監視します。私たちが殺生、盗み、妄語等を為さないか、父母に孝順であるか、師長を尊敬するか、貧しい人に施しをするかどうか、毎月八日、二三日には人間界に使者を遣わし、一四日、二九日には王子を遣わし、一五日、三〇日には四天王が自ら姿を変えて人間界を巡歴し、私たちの善悪の事を監察するといわれています。

 
寅さんで有名な柴又帝釈天は、日蓮宗題経寺と言います。
寺紋はこれ

 
ラーメンの「なると」じゃないですよ!
雷のマーク、天の力の象徴ですね。
 
柴又帝釈天には、毎年1,2回お参りに行きますが、やっぱり草団子は必ず食べますね。
都合がいいのは後輩がお寺に勤めているので、いつも何人か連れてお開帳、諸堂案内、素晴らしい庭園に彫刻を見て、お坊さんと一緒に行く「お得感」をアピールしてます。



おせんべいも鰻も美味しいし、矢切の渡しに乗るのも面白いかも。私は一度乗ったことがありますが、ギ~コギ~コ鳴って何とも風流ですよ。
 

庚申(かのえさる、こうしん)というのは、干支(えと)の組み合わせの一つで、これを暦に当てはめると、60日ごとに庚申日が訪れ、60年に一度庚申年が巡ってきます。

庚申信仰と三尸虫(さんしちゅう)
「疳の虫」「虫の居所が悪い」「腹の虫が治まらない」などと言うことがありますが、実は人間の体内には、生まれながらにして三匹の虫がいるらしいのです。


庚申とは庚(かのえ)申(さる)の日を意味して、この夜に人間の体の中にいる三尸の虫が、寝ている間に体から脱け出して、天帝(帝釈天)にその人間の行った悪行を告げ口に行きます。天帝は寿命を司る神ですから、報告を聞いた天帝は、罪の軽重に応じて寿命を縮め、時には命をも奪うとされます。

 
大きい過ちには300日、小さい過ちでも3日、命を縮める、とされています。ところが、三尸の虫は、人間が寝ている間にしか体から脱け出ることができないので、その災いから逃れるために庚申の夜は身を慎んで徹夜する信仰が生まれて、守庚申(しゅこうしん)、庚申待(こうしんまち)庚申会(こうしんえ)庚申講、庚申祭などとも呼ばれています。
 
徹夜して起きていれば、三尸虫が報告に行くことが出来ない、と言う発想です。江戸時代の人は何ともいいですね。悪あがきと言ったらいけませんが、抵抗する気持ちが憎めないですね。
また、この日は洗濯、裁縫、夜業、髪結い、山や漁に出ること、夫婦の営み、なども禁止です。
 
道教では三尸虫は体内にいる害虫で、上中下の三種類あります。

上尸は頭にいて、眼を悪くしたり、シワを作ったり、白髪を作ったりします。清姑彭倨(せいこほうこ)などとも呼ばれます。
中尸は腹にいて、五臓を害し、食欲を強くします。白姑彭質(はくこほうしつ)などとも呼ばれます。
下尸は足にいて、精を悩ませます。血姑彭矯(けつこほうきょう)などとも呼ばれます。


 
言っては悪いですが、気持ち悪いですね。
 
庚申信仰は、奈良時代に日本へ伝わり、まず貴族の間で流行しました。道教で説く三尸説を中心に、仏教、修験道、神道など、さまざまな信仰や習慣が入り混じり、特異な信仰として庶民の間に広まり、もとの意味がだんだん忘れ去られ、庚申の日の夜は、一種の社交場と化してゆきます。
日本人は、怖さから遊びに変えてしまうのかもしれません。祭りもお化け屋敷も、最近ではハロウィンもひどい格好で歩いていますね。
 
それでも、神仏事は遊び半分の気持ちはいけません。注意しましょうね。

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