ちこういん

天台大師と伝教大師

国宝とは何物ぞ。宝とは道心なり。道心有るの人を名づけて国宝と為す
 
道心(どうしん)とは、学び実践する心をいいます。
学ぼうとする心が国の宝だと教えています。
 
道心の中に衣食あり 衣食の中に道心なし
 
道を求めて努力を重ねる向上心があれば、目的達成に必要な衣食住は、十分とはいえないまでも、おのずとついてくる。
一方いくら生活に恵まれていても、その生活の中からは、むしろ安逸に流されて、道を求め、自分を高めようとする心は起きてこないということです。
 
一隅を照らす。此れ則ち国宝なりと
 
一燈照隅の教えとして、社会の一隅(かたすみ)を照らすことしか出来ない小さな自分の灯りも、一人一人が自分の場所で役目を果たす努力をしていけば、その灯りはやがて国を照らす大きな輝きになるという教えです。これが法華経の心です。
 
すべて天台宗・伝教大師最澄聖人のお言葉です。
 
天台大師と伝教大師は、時を超えて師弟関係にあります。


今から1400年前〈西暦597年11月24日〉、中国のお釈迦さまといわれた天台大師智(ちぎ)禅師が亡くなられました。

 
聖徳太子が「日出づるところの天子、日没するところの天子に書を致す。つつがなきや」という有名な国書を送った相手である隋の煬帝から深く尊敬され、「智者」の名を贈られたので智者大師というのが正式な呼び名です。
 
天台大師は、日本に仏教が伝えられた西暦538年に生まれ、七歳の頃には喜んでお寺に通い、一度観音経を聞いただけで覚えてしまったといいます。十八歳で出家すると、当時有名な高僧、慧思(えし)禅師のもとで修行し、法華経を読んで悟りを開きました。
 

その慧思禅師は、日本に法華経を広めるために、聖徳太子に生まれかわったという伝説が中国にあり、聖徳太子は法華経の注釈書をつくり仏教精神にもとづく十七条憲法を定めたことで有名です。

 
天台大師は、当時インドから中国へ伝えられた膨大な経典のすべてを、ひとつひとつ調べて整理し、法華経を中心とした天台教学を打ち立て、法華三大部という本にまとめられました。
 
この三大部は鑑真和尚によって日本に伝えられ、奈良で勉強をしていた伝教大師の目にとまるところとなったのです。
 
その天台大師の教えに共鳴し、平安時代、桓武天皇の外護を受け、比叡山に日本で天台宗を開いたのが伝教大師最澄聖人767822)です。
 
お釈迦さま・南岳大師慧思禅師・天台大師・聖徳太子・鑑真和上・伝教大師最澄聖人と、法華経という深い因縁で結ばれています。
 
天台大師は60年の生涯で、35のお寺を建立し、仏像を描き、刻むこと十万体、さらには数え切れないほどの写経をされ、多くの人々を得度させたといわれています。
さらに仏教史上はじめて「殺生戒」を元として放生会を行い、生物の命を奪わなければ生きてゆけない人間の罪深さに対する反省と、生きとし生けるものに対する感謝を教え、その放生会は日本に於いても勅祭として1000年以上前から続いてきました。
また、今でも石清水祭と名を変えて、日本三大勅祭の一つとして八幡宮で執り行われています。
 
お寺では毎年、天台大師の御命日には報恩感謝の法要を執り行い、その心を学んでいます。
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