ちこういん

無いという幸せ

無罪の幸せ

お釈迦さまは、在家(一般人)の幸せを4つ示しています。

1.財産を所有する幸せ
2.財産を使う幸せ
3.債務がないという幸せ
4.罪がないという幸せ

 
前半二つは「ある」幸せ。
後半二つは「ない」幸せです。
 
「ある」幸せ、何かを持つ、何かを味わう幸せは、人生には欠かせないものです。しかし、どれほど沢山の富があっても、
「自分には過ちがあった、非難されるようなことをした、あの人を傷つけた」
「もしも誰かに知られたらどうしよう、報いを受けたらどうしよう」
という憂いがあればどうでしょう? 
安らぎは簡単に損なわれてしまいます。
 
「ない」ことの幸せは、何にも代えがたいものです。
 
ある国の王妃の侍女で「クッジュッタラ」という女性がいました。
国王は毎日、王妃に花を買うためのお金を授けていました。
お金を預かって、市場に花を買いに行くのはクッジュッタラの役目。
 
毎日、花屋のスマナのところに行って、花を買っていましたが、ある日のこと。
お釈迦さまとお弟子さまたちが食事のお布施を受けるためにスマナの家を訪れました。そこへクッジュッタラがいつものように花を買いに行ったのです。
 
スマナはクッジュッタラに
「今日は私の家にお釈迦さまとお弟子さまたちがお布施を受けにいらっしゃっています。食事のお布施が終わったら、あなたもいっしょにお釈迦さまの説法をお聞きなさい。花を買うのは、説法が終わってからにしてください」
と言いました。
 
そこでクッジュッタラは食事が終わるのを待ち、説法を聞くことにしました。クッジュッタラは注意深く説法に耳を傾け、その場で自分自身をよくよく観察して、説法が終わったときには、預流果(悟りの第一段階)に達していました。
 
ところで、その日までクッジュッタラは、花を買うために預かったお金の半分で花を買い、残りの半分はねこばばしていたのです。
 
しかし、お釈迦さまの説法を聞いて悟ったものですから、『他人の財産を盗もう』という気持ちが消えてしまいました。そこでその日は、預かったお金の全部を使って花を買って戻りました。
 
いつもの2倍ある豪華な花に王妃は驚きました。
王妃は、いつもよりたくさんの花を見て、今日はなぜこんなにたくさんの花を買ったのですか、と聞きました。
 
クッジュッタラは正直に
「これまで私はお預かりしたお金の半分で花を買い、残りの半分は自分のものにしていました。今日はお金を全部使って花を買いました」
と告白しました。
 
このときクッジュッタラは『嘘をつかない』という戒律を守ったのです。
 
自分の罪を認めることは、とても勇気がいることです。
王のお金を横領していたことが明るみに出れば、どのような罰を受けるか分かりません。
 
けれどもクッジュッタラは、罰を受けることよりも、罪を重ねることの方が苦しいことに気づいたのです。
 
「盗みをする」「うそをつく」ことを彼女は手放しました。
 
王妃は
「では、なぜ今日はお金の半分を自分のものにしようとしなかったのですか」
と尋ねると、
 
クッジュッタラは、
「お釈迦さまの説法を聞いたからです」
と答えました。
 
クッジュッタラがあまりにも率直に正直に答えるものですから、王妃はクッジュッタラを咎めるどころか、自分よりも高い台に座らせて敬意を表しました。
 
「あなたをそこまで変えたという尊い説法を、ぜひ聞いてみたい。今日から侍女の仕事はしなくて結構です。お釈迦さまの教えを聞いてきて、私たちに伝えてくれませんか」。
 
その日以来、クッジュッタラは聞いた説法を、王妃と宮殿の大勢の人たちに話しました。
クッジュッタラは記憶力に優れ、耳にした説法を一字一句間違えずに記憶し、話すことができたといわれています。自由に外出することがかなわない王宮の女性たちも、彼女のおかげで教えを聞き、多くの人たちが心を清らかにしました。
 
『南伝大蔵経』より
 
過ちのない人生はありません。
しかし、過ちを犯していたとしても、自身を省みる勇気によって幸せへと転換できることを、このお話は伝えてくれます。
 
お寺では、懺悔の修行を大切にしています。
日蓮聖人いわく
「妙とは蘇生の義なり」
 
教えを聞き、よく考え、行うことで、生まれ変わります。

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