ちこういん

心を休めるという事を考える

「休む(休養)」の意味

心の病は、症状を改善させるために「安静」「休むこと」が必要になります。

「うつ病の治療で大切なのは休養です」
「こころを安定させるためには休むことが何より大切です」

など、精神科医から指導されたことがある方もいらっしゃると思います。
こころが疲弊しすぎてしまって精神疾患が発症することは多いため、
精神科治療において安静・休養は重要な治療法の一つとなります。
そのために「休むこと」の意味をしっかりと理解する必要があります。
心における「休む」は、身体疾患における「休む」とは少し異なります。
改善させるための正しい休み方をしないと、せっかく休んでいるのに
病気の改善が遅くなってしまうこともあります。
「正しいこころの休ませ方」について考えてみましょう。

1.休むというのは、身体を休めることだけではない
精神科を受診し、精神科医から

「少し休みましょう」
「ちょっと休んだ方がいいですよ」

と指導された時、「休む」=「身体を休めること」だと誤解している方は多いのではないでしょうか。
身体疾患の治療では、「安静」と言えば「身体を休めること」を意味しますので、世の中の一般的な常識としてそのように考えてしまう傾向があります。
確かに、骨折してしまった時に整形外科医から「しばらくは安静にしていて下さい」と言われれば、それは身体を休めることを意味しています。
肺炎にかかってしまった時に内科医から「熱が下がるまでは安静にしていて下さい」と言われれば、これも身体を休めることを意味しています。
「休む」=「身体を休めること」と認識して問題ないでしょう。
もちろん心の病でも身体を休めることも大切です。
身体とこころは深くつながっていますので、身体が疲れ切っていれば、
こころだって疲れてしまうからです。
しかし心の苦しみは、こころの疲弊から生じていますので身体を休めるだけでは不十分です。
身体よりもむしろ大切なのは「こころを休めること」で、これが出来ていなければいくら身体を休めても効果は不十分なものになります。
よくある間違いとして、精神科で「安静にしましょう」と言われたからといって、一日中ベッドで横になっているとします。
ベッドで横になることが全て間違っているというわけではありませんが、そこに「こころの安静」が伴っていないのであれば、この安静は間違っていることになります。症状も良くはならないでしょう。
例えばベッドで横になりながら、「自分はなんてダメなんだ」「自分なんて生まれてこなければよかった」などと考えていれば、症状は悪化する可能性すらあります。
これでは身体は休まっているかもしれませんが、こころは全然休まっていません。むしろこころを更に傷つけているといってもいいでしょう。
精神科における「休みましょう」というのは、主に「こころを休めるような生活をしましょう」という意味として受け止めてください。
当たり前のことですが、休み方を間違っていれば、当然病気の治りだって遅くなってしまいます。これはとてももったいないことです。

2.こころの休め方は人それぞれ違う
身体の休め方というのは大体同じです。寝る時間を増やしたり、活動量を減らすことで身体を安静に保つことが身体を休めることになり、その方法は人によってそう大きくは異なりません。
しかしこころの休め方というのは、人それぞれで大きく異なります。
同じ音楽を聴いたとしても、「この音楽を聴くとこころが休まる」という人もいれば、「こんな不快な音楽を聴くとイライラして気持ちが落ち着かなくなる」という人もいます。
こころの休め方というのは、身体の休め方ほど画一的なものではなく、個別性が強いものであるため、自分自身で自分のこころが休まる方法を探さなくてはいけません。

天気の良い日にゆっくりと公園を散歩することで、こころが休まる人もいます。
静かな場所でお気に入りの本を読むことで、こころが休まる人もいます。
反対に、ちょっと人が多い場所の方が安心できるという方もいるでしょう。

人それぞれで異なるため、誰かに聞けばこころの休め方が分かるというものではありませんし、またその人それぞれで休め方が違うということは、他人からみて「この人は、こころを休めるためにこの行動をしているんだ」というのが理解しにくいのです。
これは、心の病を詐病(仮病)だと誤解させてしまう原因でもあります。
例えば、休職中にこころの休養のために散歩をしていたのに「アイツは仕事を休職しているくせに外でブラブラしている」と誤解が生じてしまうのです。

3.自分のこころの休め方を見つけるためには
では、どのようにして自分の「こころの休め方」を見つければいいのでしょうか。いくつか考えてみます。
 
Ⅰ.一般的なこころの休め方を試してみる
こころの休め方は個別性が強いとは言っても、ある程度多くの方に共通するものはあります。
例えば、

・散歩などの軽い運動をする
・規則正しく生活をする
・早く寝て十分な睡眠を取る
・好きな音楽を聴く
・ゆっくりお風呂に入る

などが挙げられます。
一般的な「こころが休まるよ」と言われている方法を試してみて、自分に合うのか判断してみるというのは有効な方法です。
 
Ⅱ.自分の経験から思い出してみる
今までの人生で一瞬たりとも、こころが休まった経験がない、という方は少ないはずです。
ちゃんと思いだせば、生きてきた中で「この時はこころが休まった」と感じた時は必ずあるはずです。ゆっくり思い出せる時間を作って、自分のこころが休まった経験を思い出してみるという方法もとても有効です。
昔の事は自分でも覚えていない事がありますので、親や兄弟など自分の生い立ちを知っている人の話が参考になることもあります。

「あなたは〇〇をしている時は良い顔をしていた」
「お前は落ち込んだ時も××をすると元気になった」

などといった、自分では忘れていた「こころの休め方」を思い出せるかもしれません。
 
Ⅲ.お寺で座禅・読経が一番お勧め
お寺では、休むことと、こころを少しずつ強くする事を考えています。
休んでも、また戻らなくてはいけないのですから、力をつけていく方がいい。
いざ、こころを休めるとは簡単ではありません。家の中では普段の生活があり、いろいろ考えてしまいます。ネガティブなことばかりが湧き出てくる。
そこで、ご自宅から離れ、お寺で声を出して読経に専念することに意味があります。不思議と無心になれるのです。この雑念のない無心を続けていくと、自然とこころが休まっていくのです。時間はかかるかもしれませんが、明るくなって気力が蘇ってきます。
薬を飲みたくない、薬に頼りたくない方も、薬害を心配しておられる方も、現代には多くおられます。しかしながら、医師とよく相談しながら薬を減らしていく為の一つの方法として、お寺という環境もあるということです。

Ⅳ.こころを休めるに当たり、周囲の方に理解して欲しいこと
こころの休め方というのは、人それぞれで方法が異なります。
ある人にとってはこころが休まるものであっても、ある人にとってはそうではない、という事はよくあることです。自分の中にある常識だけで「その休み方はおかしい」と判断してしまうのは大変危険なことで、トラブルになってしまうこともあるからです。
「私は人の少ない昼間に散歩をすると、とても気持ちが楽になるのです」と仕事を休職して治療をしている方が、散歩をしているところをたまたま職場の人が見ます。
「あいつは仕事を休んでいるくせに昼間から公園でブラブラしている。あれはサボっているだけじゃないか!」と怒ってしまう。その怒った人にとっては、散歩がこころの安静になるものではないため、理解できない。
できれば、「自分にはよく分からないけど、あの人にとってはあれがこころを休める治療になっているのだろう」と周囲の方には、なるべく理解していただきたいと思います。

Ⅴ.こころを休めるに当たり、本人が気を付けるべきこと
こころの休め方は、人それぞれで違いますが、そうはいっても周囲の人が明らかに誤解しそうな事は避ける必要はあります。
例えば、「私は旅行をしている時が、こころが休まるんです」という人がいたとします。それが事実であったとしても、「こころの治療に仕事を休職してハワイに一週間行ってきます」と言えば、「みんな我慢して仕事をしているんだ」と職場の反感を間違いなく買います。
「私は遊園地で遊ぶ時にこころが休まります」という人がいたとしても、「こころの安静のため、今日は仕事を休んで遊園地に行ってきます」というのは、職場の人からすれば「アイツは仕事をさぼりたいから病気のフリをしているだけじゃないか」と思われてしまっても無理はありません。
人それぞれでこころの休め方が違うとは言っても、私たちは社会の中で生きている以上、ある程度他人への配慮をする必要があります。自分の気持ちを休めるためだとは言っても、できる限り、周囲の人の気持ちを不快にしないような気遣いは当然必要です。
そのため、あまりに反感を買いそうなこと、一般的に理解を得られなさそうなこころの休め方は避けるべき。例えそれがこころが休まるものであったとしても、その行動によって他人を不快にさせてしまうだけではなく、自分自身も不利益になり、居場所がなくなってしまいます。トラブルをなるべく避けるため、「こういったこころの休め方をしたいけど、他人から反感を買わないか?」と事前に相談することも大切です。
 
休むとは難しいことです。
なかなか休めない人。休むことが不安、この先心配と思ってしまう。
しかし、思い切って休むことが、今後の為にもなるという事。
また、休みすぎて、かえって怠惰になってしまう。気力も出なくなる。
こころとは、自分でバランスをとっていかなければいけないものです。
お寺はその手伝いが出来ればと思っています。

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