ちこういん

誕生日

今日は智弘院の月例施餓鬼供養。
そして4月8日です。
 
お釈迦さまのお誕生日ですね。
 
経済、商業とつながっていないので、イベント感なしです。
 
天上天下唯我独尊
私たち誰もが、自分という存在は誰にも変わることのできない、生まれたままで、この命は尊いのだということです。
 
現実は他人との比較、優劣感や劣等感に陥ってしまいがちですが、人間の命の尊さは、能力、学歴、地位、名誉、財産などの有無を超えて、そのままで尊い『自分』を見だすことの大切さを、お釈迦さまは教えています。
 
 
盲亀浮木の譬(もうきふぼくのたとえ)
 
お釈迦さまがあるとき、阿難(あなん)というお弟子に、

「そなたは、人間に生まれたことをどのように思っているか?」
と尋ねられました。

「はい。大変よろこんでおります」
と阿難は答えました。
 

お釈迦さまが、「では、どれくらい喜んでいるか?」 
と重ねて尋ねると、阿難は答えに窮しました。

するとお釈迦さまは、一つの例え話をされました。
「盲亀浮木の譬(もうきふぼくのたとえ)」
 
「果てしなく広がる海の底に、目の見えない亀がいる。 

その亀は、100年に1度、海面に顔を出すのだ。 
広~い海には、1本の丸太棒が浮いている。
その丸太棒の真ん中には、小さな穴がある。
 
丸太棒は、風のまにまに、波のまにまに、
西へ東へ、南へ北へと、漂っているのだ。」
 

阿難よ。 
「100年に1度浮かびあがる、その目の見えない亀が、 
浮かび上がった拍子に、丸太棒の穴に、
ひょいっと頭を入れることが有ると思うか?」
 
 

聞かれた阿難は驚いて、 
「お釈迦さま、そんなことは、とても考えられません」 
と答えます。 

「絶対にない、と言い切れるか?」
 

お釈迦さまが念を押されると、 
「何億年×何億年、何兆年×何兆年の間には、
 ひょいっと頭を入れることがあるかもしれませんが、
 
 ない、と言っても良いくらい難しいことです」 
     

と、阿難が答えると、 

「ところが、阿難よ。 
 私たちが人間に生まれることは、 
 その亀が、丸太棒の穴に首を入れることが有るよりも、 
 難しいことなんだ。 
 有難いことなんだよ」 
と教えられています。

 
 
こうして人間に生まれる難しさについて、お釈迦さまは教えています
 
 


天上天下唯我独尊

天の上にも
天の下にも

唯 我々 人間だけになしうる
たった一つの尊い使命がある 

 
 

自分が何のために人間に生まれてきたのか。 
何のために生きているのか。 
なぜ苦しくとも生きねばならないのか。

 
 

生きる目的を知り、生きる意味に気づいた時、
「生まれてきて良かった!!
と大きな喜びを味わうことができるのではないでしょうか。

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