ちこういん

祭祀の心と徳の積み方

池上の御会式が昨日終わりました。

 
12日夕方の万灯。
鼓笛隊から始まる。可愛かった。
 

せっかくだから、屋台で焼きそば、たこ焼き、広島焼を食べました。
失敗。味にバリエーションがなく、後悔する。
目が欲しくなるんですよね。でも満足です。
 
智弘院は11月中旬に御会式をする。
お寺によって御会式も様々で、静かなお経だけの御会式もありますし、
落語家さんを呼んだり、コンサートや演奏会をするところもあります。
 
昔は芸者衆が花を添えて、三味線を聴きながら踊りを見て、
皆一杯いただいたようです。いいですね。
 
明日は、私の護持しているもう一つのお寺の御会式。
今日は準備と、お寺と私の御守護神の祭祀を行ないました。
お供え物を用意して、御幣を新しくして、お経を読み、無事終わる。
 
ここで祭祀について考えてみます。
神仏に対する祭祀で大切な心は
 
菅原道真公(天神様)の歌に、
 
 心だに まことの道にかなひなば 祈らずとても 神や守らむ
 
明治天皇の御製に、
 
 目に見えぬ 神にむかひて恥ぢざるは 人の心の まことなりけり
 
とあります。
神仏の前において何一つ恥じるところのない心が「誠の心」です。
そして普段の生活においての「正直な心」が大切です。
 
神仏は日頃の行いを見ていらして、いざ必要なときには必ずお導き下さるものです。人は生き様が大切で、神仏をお祀りするということは、「神仏を敬い、心正しく道理にかなった生き方をする」ということを意味しています
 
現在置かれた環境で、神仏に見守られて懸命に仕事や立場に精を出せば、結果的に幸せになれるのです。
注意して欲しいのは、無理なお願いをしたり、お願いしたことが叶ったのに、恩を忘れて神仏を粗末にしてしまうことがないように。また、叶っていなくても、お礼を忘れてはなりません。叶わないことを神仏のせいにするのはもってのほかです。
 
「神仏に対し、敬い、日々感謝する」という良い種を人生の畑に植え、そして、汗水流して陰徳を育てれば、やがて花が咲き実が成るのは自然の道理です。
仏教は自然の道理を教えているんです。
 
徳について(一番の徳の積み方) 
 
徳には2種類あるんです。
陽徳…人に感謝される善行。
陰徳…人に知られない、人に感謝されない善行。
 
どっちがいいか、それは陰徳の方。
なぜか?
陽徳は例えば、どうぞと言って電車で席を譲ってあげたり、財布が落ちたら落ちましたよって教えてあげたり、人にありがとうと言われる行為です。
これは、ありがとうと言われることによって、徳を少し使っちゃう。喜びもある。
 
陰徳は、誰にも知られず、ほめられずにする善行です。例えば、席を譲るにしても、黙って相手の負担がなく席を立ったり、ゴミが落ちていたら誰も見ていなくても拾ったり、入ったトイレが汚れていたら綺麗にしたり。感謝されたりほめられたりしない分、丸々徳を積むことができます。

つまり、徳をもって、祈りを叶える生き方が出来るのです。
 
陰徳陽報『淮南子』人間訓(ジンカンクン)
 

【陰徳(イントク)有る者は、必ず陽報(ヨウホウ)有り】と読みます。
陰徳は、人に知られないで善行を行うことを言います。
陽報は、必ず現れるよい報いのこと。

神仏を祭祀することは、自分自身の心を日々顧みて、正直に、誠の心で生きていくことを教えてくれるものでもあるのです。
 
顔を映す鏡も必要ですが、心を映す鏡はもっと必要です。
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