ちこういん

見えないものを見よう

見えるものと見えないもの

見ていて見えていないことを
木を見て森を見ずということがあります。
物事の一部分や細部に気を取られて、全体を見失う。
政治や会社、商売などでよく言いますね。

風は見えない。




木々が揺れていることで、風が吹いていることを知ります。

人の言葉、振舞いで、その人の心が見えます。

あらゆる現象に過去・現在・未来が映し出されています。
仏教はその事を教えています。
智慧の眼で見なさいと。智慧を磨きなさいと。


 



半眼(はんがん)
仏教的にいえば、半分は外(の世界)を見、そして半分は自己を見つめる、あるいは目には見えないものを見る(考える)ということです。

現代社会の私たちは、大金や宝石、それに美しいスタイルやご馳走など、目に見えるものにばかり注意を奪われてしまいますよね。

他のこと、例えば人の思いには目をつぶった生き方をしているのと、様々な形で家庭、夫婦、親子関係にほころびがあらわれます。

目に見えるものにも注意を払い大切にし、そして一方では目に見えないものも大切にする、両面性を備えた生き方が大切ですね。

坐禅にしても、大切なことは自分の内側と外側との両方を見ようという、半眼の心がけです。いずれか一方に偏ってはいけません。

ヨガや中国の賢人たちをはじめとする古くからの伝統的な瞑想法には、
具体的には鼻先を見つめるように説いています。
目が開かれ過ぎると視線が外に向き心が乱れます。
固く閉ざされていると内側に入り込み、夢想の世界に陥ります。
半眼状態にあるときのみ鼻先を正しく見つめることができる。
大切なのはまぶたを正しい位置まで閉じることです。

様々な仏像は、いくつかの例外を除いて半眼になっています。
これは仏像に向かって手を合わせている人々をやさしいまなざしで見つめてくださる、とともにその人々のためになる何かを思案してくださっているということです。
ということは、仏像は単に見えているものだけを見ているのではない、見えないものにも、思いをはせるのだという姿勢がはっきりとあらわれています。

この下向きの半眼が心を鎮める力を生むのです。

創造性を生む「半眼」の境地
クオリティーの高い作品を絶え間なく生み出し続けている漫画家の浦沢直樹さんは、アイデアを生み出す時や非常に大切な1本の線を描く時、座禅で言う「半眼」の状態に自分を置くと言います。

物を「見る」ために、外から入ってくるものだけを見るのではなくて、自分の内側にあるもの、自分の内面、内なるイメージを見ていると。
NHKプロフェッショナルより)

それはなかなか難しいこと。絶妙なバランス感覚で、クリエーターはそれができるのですね。

人生に役立つ智慧の眼が欲しいものです。


見えないものを見つめることを教えている仏様のお顔


お寺では座禅瞑想をしていますが、眠ってしまう方が多いかな。
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