ちこういん

控えめに輝く

和光同塵(わこうどうじん)
 
「塵」と一つになる
 
仏教では、「菩薩がその威光を和らげて、塵にまみれた俗世に仮の姿を現して人々を苦から救う」という意味で使われることもあります。
 


 
現代社会で生きていくには、遠慮していたら仕事が無くなるかもしれませんし、競争社会を勝ち抜けません。
 
自己プロデュース力こそ全て、自己主張、アピール、プレゼンと、どんどん前に出なければいけません。
 

「自分をよく見せたい」
「他人から尊敬されたい」
「“すごいね”って言われたい」
自尊心、プライドをもって、自分を鎧で覆うこともあります。

 
 
その正反対に、「塵と一つ」という意味は。
 
知恵や徳を有しながらも、あえてそれを表に出さずに控えめに、ひっそりと輝く。
そんな生き方もあるということです。
 
 
老子の言葉です
「挫其鋭、解其紛、和其光、同其塵」

全ての鋭いものを鈍くして

もつれたものを解きほぐし
全ての輝きを抑えてやわらげ

塵と一つになる
 
(訳すると)

刺激的なことは穏やかに
複雑なことは単純にして

偉ぶらず
おごり高ぶらず

才能や徳は、ひけらかすべきものではないし
ギラギラと光らせるべきではないよ

みんなと一つになりなさい
 
 

自分の手柄を鼻にかけるでもなく余計な講釈をたれることもなく、功績にあぐらをかいて偉ぶるでもなく…。
ただ「あるがまま」、自然体で、世間と交わって生きられる人こそが「賢者」「聖人」だということです。

 
 
「俺が」「私が」という自己アピール合戦を繰り広げる現代社会に疑問を感じる人も増えています。
 
「道」を求めて愚に徹する生き方。

見ている人は見ています。
これからの時代に必要な生き方なのではないでしょうか。

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ちこういん
Posted byちこういん

Comments 2

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空  

No title

こんばんは

あるがまま、自然体

ここまで生きてくる中で、いろいろな経験をして、たくさんの感情を持って。
優しい時もあれば、卑屈になる時もあって
自然体の自分がどれなのか分からないというのが正直。

でも今日の仕事中、行き詰って「ふぅ疲れたぁー」となった時、肩の力を抜いてまわりの会話に耳を傾けて、ちょっと笑顔になってみると気持ちが楽になりました。

2018/01/10 (Wed) 22:38

智弘院  

No title

> 空さん
日々、小さなことにも感謝する気持ちが得られたら、自然体になっていることでしょう。
求める気持ちは不平不満につながり、自縄自縛になってしまうものです。

2018/01/12 (Fri) 08:10

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