ちこういん

甘さに心奪われる

蜜は甘い
 
「黒白二鼠の譬え」
 

昔、一人の旅人が広い野を歩いていると、後ろから狂象が追いかけてきました。
周りを見まわしても、身を隠すところがありません。


木の根が垂れている、カラ古井戸があるのを見つけました。
その木の根をつたってから井戸の中に身を潜めました。


下を見れば古井戸の底で、一匹の大きな毒龍が口をこちらに向けており、四匹の毒ヘビが井戸の四辺にいて、男の落ちてくるのを待ち受けているではないですか。

 
ほっとするのも束の間、目の前に黒と白の二匹の鼠が出てきて、かわりがわりに木の根をかじっています。
 

このままでは確実に細い根はちぎれて、龍や蛇に食べられてしまいます。
男は恐怖に身を震わせていました。

 
鼠を追っ払おうとツタを揺すると蜂の巣からぽたりと蜜が…。
我を忘れ、むさぼる旅人


木の根にはミツバチの巣がありました。

 
その巣から甘い蜜が五滴、口のなかに堕ちてきました。
 
そのなんとも言えない蜜の甘さに心が奪われ、もっと甘い蜜をなめたいと思って、いまにも切れそうな木の根をゆさゆさと揺すります。
 
その上では、さらに、野火がこの木を焼こうとしています。
『仏説譬喩経』の話です。
 
 


【解説】
ここに出てくる広い野とは私たちの永い迷いを喩えています。

この旅人とは、人生の旅をしている私たちのことです。

象は時間の流れ、無常のこと。

井戸の底の大蛇は死の影で、私共を待ち構えている、人生のこと。
ふじ蔓とは命の根、自分の寿命です。

白と黒の鼠は、昼と夜のことです。

私たちの命は一日一日と縮まっていき、徐々に終わりに近づいていることを示しています。
五滴の蜂蜜とは日常的な欲望です。
○食欲(食べる楽しみ)
○財欲(金を貯める楽しみ)
○色欲(男女の楽しみ)
○名誉欲(誉められる楽しみ)
○睡眠欲(眠る楽しみ)
私たちは死を忘れ、蜂蜜ばかり追い求めているかもしれません。

 

旅人の私。
老・病・死・無常にせめられ絶体絶命の状態に追い込まれながらも、

蜂の巣から落ちてきた密の甘さに心を奪われているという、
世間の楽しみに執着することの愚かさに気づき、
生死を超える道を求めるべきことを喚起するお話です。
 
老も病も死も、外部から襲いかかるものではありません。
自分自身にそなわっているものです。


病にあい、老いに達し、死に向かう。

世間の楽に心奪われることなく、
人生の無常に思いをいたして、
苦悩の解決を求めていくのが、仏教のテーマです。
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