ちこういん

堪え忍ぶことも彼岸の心

お彼岸という意味は六つの修行を行うことなんです。
その中の一つ「忍辱」(にんにく)があります。

奈良の堪忍、駿河の堪忍、と昔の人は言いました。
(な)らぬ堪忍(かんにん)するが堪忍(かんにん)
がまんできないことをこらえるのが、本当の忍耐というものである。

我慢できることは堪忍とは言わない
もう我慢できない、もう耐えられない、もう限界。
そこからもうひと踏ん張りするのが、「ならぬ堪忍するが堪忍」です。

忍耐は苦し、されどその果実は甘し
「忍耐という木を育てるのは、長い時間を要し、その苦労は並たいていではない。だが、いつ実るか分からないが、必ず実るその味は格別甘いものだ」
                           野口英世

堪え難きを耐え、忍び難きを忍び
                           昭和天皇

私たちの日々の生活でも馬鹿にされたり、仕事柄、屈辱・侮辱を受けている方もおられるのでは?

明らかに相手が間違いや、非道であることが多くあります。
まだまだ我慢しなければいけないのでしょうか?
皆そう思っています。

しかし、その相手が上司だったり、親だったり、連れ合いだったりと。
つまりは戦って勝ったとしても、その後の関係が悪くなり、
後々自分に不利益となって返ってくるのです。
なぜか、世の中そういうものです。腹が立つでしょう。

大切なことは、今自分が為すべきことに心を向ける。

堪え忍べないのは、案外自分が逃げようとしている心のようです。

忍辱は必ずその人を大きくします。
だから修行なのでしょうね。




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