ちこういん

自分のこと

過去記事より

蓮華の教え
 


人が成長していくとは、人との出会い、つまり縁が大切ですね。

良い縁も悪い縁も、すべてが糧となって人間の幅を広げていきす。

修養団・元伊勢道場長、中山靖雄氏の『すべては今のためにあったこと 』から、仏教の法華経の教えと共通するところを紹介します。

 
 
人生は
見るに意味あり
聞くにわけあり
出会いに縁あり
 
これを見るというのは、
見させられているのは、

何か意味があるのだと。

これを聞くというのは、
聞かされているのは、
何かわけがあるから聞かされたのだと。
 


すべて自分のこととして捉えていく。
なにか必要があって見せられたり、

聞かされたりしているのだと。
 


そう考えてみる。

見なければ気にならないのに、
誰が見せるのだろう?
 
聞かなければ苦にならないのに、

誰が聞かすのだろうと?

そして出会うということは、
「この出会いが自分に必要だったのだ」

と受け止めていく。
更には、

必要なものにしていこう」

と思うようにする。


例えば、

電車で足を一回踏まれたら、誰でも踏んだ人を責めます。

二回踏まれたら、踏んだ二人目を責めますか?

でも、三人目に踏まれたら、四人目に踏まれたら?

 

もう、そろそろ自分で考えますよね。

自分の立っている場所が悪いのかなぁ」とか、

私も踏まれないように注意しなくちゃ」と、
 

自分のこととして、捉えるようになります。

つまり、
誰が見せるのだろう?

誰が聞かせるのだろう?
このことを感じながら生きることが大切なのです。

すべては今のためにあったこと

辛かった過去も、すべて今を喜んで生きるための糧になる。

嫌なことを聞かされたり、

見るはめになったことは、
その時に、
聞かなければならない意味、
見なければならない意味があると。
 

辛いことや苦しいことを経験することも同じです。

そこに意味を見出せない人は、

愚痴、文句、不平不満、泣き言

などを言うだけで終わってしまいます。

どちらがいいか

 

すべてを他人や周りのせいにする人か。
自分ごととして捉えることができる人か。


止まってしまうか。

成長していけるか。


仏教は過去の原因が今、結果となると教えています。

いわゆる自業自得、因果応報です。
そこから何を学び、今、何を為すかが未来につながります。
自分を教え導くのは、正しき教えを知る自分です。
 
見るに意味あり
聞くにわけあり
出会いに縁あり
と感じながら今を生きていきたいものです。
 


法華経とは、蓮華の教え。
蓮華とは、泥の中で綺麗な花を咲かせる生き方。
苦難という泥にこそ、自分を成長させる養分があるのです。
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