ちこういん

狐の悟り

3月7日 おはようございます。
 
ご訪問有難うございます。
 
身の賤きをもて其の法を軽んずる事なかれ
                   日蓮聖人
 
 
昔、インドの毘摩(びま)大国という国に、空腹で死にそうなライオンがいました。
獲物にありつけないと死んでしまいます。


そこに狐が現れました。

狐はライオンに気がつくと、死にものぐるいで逃げ回りました。




やがて狐はライオンに追いつかれ、捕らえられそうに。
そのとき、ちょうど古い井戸を見つけた狐は、ライオンから逃れることが出来ました。
 

狐は井戸の底で、ほっと安心します。

ライオンは井戸の周りをウロウロしならが、やがて諦めて、どこかへ。

 
狐はライオンの気配がなくなって、胸をなで下ろします。


そして改めて自分の落ちた井戸の底を見回すと、どこにも足場がないことに気づきます。
これでは登ることが出来ない。


自分が絶望的状況に陥ったことを悟った狐は色々なことを考えました。

 

きっとこのまま井戸から外に出れない、食べ物もない、自分はやがてのたれ死にだ。
折角ライオンから逃げられたのに、これでは何にもならない。


あのライオンは必死だったなー。

もう空腹で死にそうだったのかも。


こんな暗い井戸の底で俺は死んでくのか。

俺の死には、一体何の意味があるんだろう。

いっそのこと、あのライオンに食われてやれば良かったな。

あいつだって腹を空かせた子供や家族がいるはず。
あいつに食われていれば、少なくとも俺の死は無駄にはならなかったはずだ。


おかしな話だよな、

ついさっきまではライオンに食われまい、生きたい、と願っていたのに、
今はこんな気持ちになっているなんて。


そして狐はこんな事をつぶやきました。


「ある人は生きたいと願い、死にたくないと願うが、
ある人は死にたいと願い、生きていたくないと願う」

 
誰も知らない、古い枯れ井戸。
暗いその井戸の底での狐のつぶやき。


誰一人として気がつかないはずのその声に、気がついた人がいました。
それは天上世界にいる帝釈天。


帝釈天は、

このつぶやきを聞き、
「この狐、なにやら尊い悟りを得たに違いない」
と思って、

井戸のへりまで行って狐に言いました。
 
「おい狐!
お前は何をそこで悟った?
言ってみろ」


すると狐は言いました。

 

「かりそめにも、人に物を尋ねるなら弟子の礼を取るのが礼儀だろう。
そのような高いところから師匠を見下して言ってみろとは何事だ」


帝釈天はもっともなことだと思い、

狐を井戸から出して、下座に座り、
改めて教えを請いました。


すると狐は、
「有人楽生悪死有人楽死悪生」

(人は生を楽しんで死ぬことを悪み、死を願って生れることを悪むものだ)
と悟った内容を説いたのでした。

 
帝釈天は狐からおそわり、狐を師として尊敬したのです。
 
この話を日蓮聖人は、自身の成長、教えを求める姿勢として大切なものと紹介されています。
 
学ぶ為に必要なものは、偏見のない素直な心です。
 
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