ちこういん

共に生きる

2月14日 おはようございます。
 
ご訪問有難うございます。
 
お互いに憎み合い、争い合うことの愚かしい。
1人の人間の心にも、相反する人格が同居しています。
 
今年は酉年なので、鳥の話を。
 
「共命鳥(ぐみょうちょう)」という鳥が、仏さまの話に出てきます。
 


浄土での「共命鳥(ぐみょうちょう)」の鳴き声は、

「他を滅ぼす道は己を滅ぼす道。
他を生かす道は己を生かす道」

と説いているとも言われています。
 
『仏本行実経』
 
昔、雪山の麓に身体は一つ、頭が二つの二頭鳥がいました。
一頭の名前をカルダ、もう一頭の名前をウバカルダといい、一頭が目覚めている時、もう一頭は眠っています。
ある時、カルダは眠っているウバカルダに黙って、たまたまあった摩頭迦という果樹の花を食べます。
摩頭迦の花を食べることは、二頭ともに利益があると思ったからです。

しかし、ウバカルダは目を覚ました後、黙って食べられた事に対し腹を立てて憎悪の思いを起すのでした。
またある時、二頭が飛び回っていると、今度は毒花に遭遇します。

憎悪の思いを抱いているウバカルダは思います。
「この毒花を食べて、二頭ともに死んでしまおう」と。
そしてウバカルダはカルダを眠らせ、自ら毒花を食べてしまいます。
眠りから覚めたカルダは瀕死の状態のなか、ウバカルダにいいます。
「昔、お互いに利益があると思って摩頭迦の花を食べたことに対し、あなたはかえって憎悪の思いを起しました。
まことに瞋恚や愚癡というものに利益はありません。
この様な愚かな心は、自らを傷つけ、他人をも傷つけてしまうからです」
 
 
極めて親しい者どうしが傷つけ合う、殺しあう「共命鳥」の話。
 
私たちは自己中心に物事を見がちなので、いままで親しくしている人が自分にとって都合が悪くなると憎たらしい存在に変わります。
そして、共命鳥のように他者の存在が邪魔になり他者を排除します。
 
私たちの命は、実はすべてが繋がっているのに。
言い換えると、同じ命を分け合って生きているのに。
 
繋がっている命同士が争うと、命全体が損なわれてしまう。
 
他を責めたり、憎んだりしたあげく、自らの思いを叶えようとする私たちの営みそのものが、繋がっている命全てを損なうことになるということ。
 
私さえ良ければ。
私の家族さえ。
私の会社さえ。
わが民族さえ。
 
私達のエゴの姿がそこにあります。
 
 
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