ちこういん

食べ方にもいろいろ

12月20日 おはようございます。
 
ご訪問有難うございます。
 
年末は酒席が続き、美味しいものを頂戴することが多くなります。
シアワセっですよね~。
私も何でもおいしくいただけ、食べ物で季節を感じ、日本人と生まれて幸せです。
 
また、お寺では、毎朝お粥をいただいています。
薄いお粥に梅干し、毎日いただいても美味しいと思えることが幸せです。
 
 
食べ物について
 
皆さんは、わざわざそんなこと思わないと思いますし、思わなくていいのですが、お坊さんはいろんなことを思っています。
 
先日の土日は、忘年会が続き、たくさん飲み、食べました。
 









でも、執着というのは修行の邪魔です。
なぜなら、また食べたい、飲みたいと思うと、生活がそうなってしまいます。
それを叶えるための生活になるということです。
 
そうならないため、いくつもの瞑想法があります。
 
食厭想(じきえんそう)


食べるものに対しての想いを意図的に変える訓練です。


適量を必ず食べる。

 
しかし、それは執着に値しない、厭うべき不浄なものであると観察する。


どんな美味しいものも、口の中で咀嚼されたらどうなるか?

食べたものを吐き出すと、それはどう見えるか?


愛着を持つ食べ物は、瞬時に不浄(きたない)に代わってしまうのだと観察します。

 


食欲をおさえる、無くす。

むさぼり、執着を無くす。

と、そのように考えるのです。

簡単に説明しましたが、そういう瞑想、意識の持ち方です。
 
これ、情緒不安定に思われるかもしれませんね。
おいしくいただいて、その食べ物が汚いものであると観察するのですから。
 
何をやっているのかと思われるかもしれません。
皆さんがやることではありませんから。
ただ、修行者というか、必要のある人がそのような見方をします。
 
私も有難いことに、自然にしています。
美味しく食べる。飲むこともし、食材の恵みに感謝する。
明日への糧にしながらも、客観視もしています。
 
グルメの時代に、
「めんどくさい」人間なのかもしれません。
 
ちなみに、女性は「骸骨」(💀)に見えていますよ!()
冗談です💛
 
スポンサーサイト



ちこういん
Posted byちこういん

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply