ちこういん

忍辱(にんにく)、しのぶとは?

12月16日 おはようございます。
 
師走、年末は忙しいです。
大掃除真っ最中!
 
昨日、プーチンさんが来日。
予定道理にはいかないらしく、いつも遅刻すると。
大事なことの順番がありますから、二の次にされたわけです。
 
普段でもあることです。
約束を破られたり、急な予定変更など。
 
その都度、イライラしたり、腹が立ったり、
怒りが収まらなかったりする人もいます。
 
一昨日は忠臣蔵、討ち入りの日でした。
諸説ありますが、堪忍袋の緒が切れたわけですね。
 


でも、物語はとても好きです。
泣けてしまいます。
 

「短気は損気」とよく口にしますが、日頃の心がけで大切なのは忍耐です。
しかし、忍耐はただひたすら自分を殺して堪え忍ぶために、いつかは限界が来ることもあります。浅野内匠頭のようにです。


何か気に入らないと「キレる」と言います。

現代社会も、みな忙しく、ゆとりをなくしていることもあって、何となくイライラしたり緊張したり、それが怒りの感情へと変化し、時には爆発してしまう。
 
仏教では、「忍辱(にんにく)」という修行の大切な徳目があります。
 
「忍」は二種に分けられます。
 
一つは、他者からの迫害や侮辱あるいは自然災害や病気などによってもたらされる苦難に対して堪え忍んで怒らず、動揺しないことです。

忍辱は布施行などとともに、福徳としての重要な善行と考えられています。


もう一つは、「無常」、「無我」、「空」、「縁起」など、仏教の真理に対して、不動で安定していることです。忍は智慧と密接なつながりがありますので、これら二つは別々のものではなく、忍辱は智慧に依拠してこそ可能であるとされています。

智慧としての忍によってこそ、あらゆる苦難を忍ぶことができるということです。
 


私たちは、さまざまな苦難や苦悩に出会い、そこでの修練を通して「忍」や「忍耐」が養われると思いがちです。

確かに、多くの苦難や苦悩を経験することによって、心そのものが鍛えられ忍の力は増大します。
ですが、その場合、実は、苦難や苦悩を経験することを通して、自らの傲(おご)りや執われの強さに気づかされたり、他者との関わりの大切さに思い至らされたりすることによって、物事に対する正しい見方が具わるようになっているのです。
 
やはり、忍は、闇雲の中ではなく、明智においてこそ培われるものなのです。


法華経は忍辱(にんにく)を説きます。

忍辱は自己の成長、成仏の糧として今を受け入れる心持ちです。
いかなる困難な状況をあたえられようとも、人から貶されたり、侮辱を受けても、決して怒らずに我慢をし、逆に人から賞賛される状況に於いても、決して鼻にかけたり、有頂天にならない心。
すべての人に具わっている仏の性質、仏心を敬い、礼拝する。たとえ相手が悪讐怨敵であっても、「私を仏の境地に達するように導いてくださる仏の身なのだ」と心から信じることこそが忍辱行です。
 
ポジティブと言ったほうがわかりやすいのかもしれませんが、仏教では、菩薩行の六波羅蜜が兼ね備わった忍辱行なので、だいぶ違うのです。
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