ちこういん

10月30日 おはようございます。
 
人をけうくん(教訓)せんよりも、我身をけうくんあるべし
日蓮聖人
道は能通(のうつう)に名づく

法華経法師品の図

「師厳道尊」という言葉があります。
「師、厳にして、道、尊し」と読みます。
 
本来は、道が尊いと師は厳になる、という意味だそうですが、
「師の尊厳が備わって、はじめて道の尊いことが相手にわかる」
という意味で使われることが多いようです。
 
師匠の態度が厳然としたものでなければ、
弟子たちは道を軽んずるようになるでしょうから、
その解釈も正しいといってよいかもしれません。
 
しかし、人と導く者が、ただ鞭を以てすれば効果がある、
と解釈してしまうとすれば、これは大変な誤りです。
 
「道は能通に名づく」といって、
人と人との心が通じ合うところにこそ、
「道」の真の価値があります。
 
道を守ることに厳しい人こそ、師となる資格があるのかもしれません。
道を守ることに重荷を感じているのであれば、本物ではありません。
 
法華経には「以道受楽(道を以て楽を受く)」という言葉があります。
道を行うことが楽しくなければ、長続きしません。
 
人と人との心の通じ合い、
異体同心になることほど、
この世の楽しみはありません。
 
ですから、
師が道を厳に守らなければ道は尊くなく、
師が道を守っても道を楽しむのでなければ道は尊くない、
といえましょう。
 
人を教訓するよりも我が身を教訓すべし、
と日蓮聖人は語られます。
「これはお釈迦さまの道です」
「これはお祖師さまの教えです」
と我々僧侶がお説法をしても、
自らがその道を楽しんでいるのでなければ、
本当の道ではないのですから。
 
宗教家ばかりではありません。
人を指導する立場に立てば、皆そうなのです。
子どもを教育する両親もまたそうです。
 
人に道を行わせようとするならば、
自分が忠実に道を守って、
楽しみの味を先に知るのが一番です。
 
楽しくない道は、真実の道ではないのです。
能通すれば、道は必ず楽しいものです。
 
夫婦和合、親子和合、主従和合、師弟和合。
和合こそが道です。
全ては和合から始まるのです。
 
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