ちこういん

しゅぎょう


105日 おはようございます。
 
ご訪問有難うございます。
 
最近では多くなってきましたよね。
お坊さんでもないのに修行したいという人。
 
体験修行、お寺でいろいろやっていますが、
参加者の思いは人によって違います。
 
心に活を入れたいと考えている人、
日常の垢のようなものを流し落としたいという人もいれば、
疲れた心を癒やしたいと参加する人もいる。
 
しかし中には、滝に打たれたり読経三昧したりと、
身体をむち打つような厳しさを求める人もいる。
修行というと、厳しいものと思い込んでいる人もいます。
では、修行とは一体何だろう。
 
修行と修業 
 
 「ぎょう」というとき、「業」の字を当てる人が多い。
しかし、仏道修行をいうときは「行」を使います。
 
業は「わざ」とも読むように、身につけた心ないし技術をいいます。
つまりこれだけのことが出来るという、いわば過去の習練の結果であり、ここまで出来るようになったという到達点とでもいうもの、何を身につけたかが語られます。
 
これに対して、行は「いく」と読めば目的地へ向かう途次を指し、また「おこなう」と読めば実行していることを示す。
つまり行は目的への課程にあることをいい、仏道を行ずるといえば、仏になるために教えを実践していることを指す。
何ができるか、どれだけ厳しい行をしたかではなく、
仏の教えを如何に真剣に実践しているかが問われる。
つまり修行とは、日々の生活の中に仏の教えを実践していくことをいうのです。
 
では修行は厳しいことはしなくてもいいのかというと、そうではない。
楽したいという怠け心を封じて、いつも仏と共に在るという心を持つのは、並大抵のことではない。そんな努力を重ねていく力(志念力)を養うには、非日常的な行動が必要だ。
 
お寺での修行は、
唱題行に仏の心を得、
写経に仏を見、
読経に仏の声を聞き、
時に水に打たれ、神仏の力を頂くことも大切なのです。
 

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