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お釈迦さまの出家

お釈迦さまの出家
 

お釈迦さまが出家を決めた心の中は、「四門出遊(しもんしゅつゆう)」という物語によって伝えられています。


 

「なぜ、人は苦しみながらも生きるのだろう。」
人生に悩むお釈迦さまを見て、父親の王は、気晴らしに外出をすすめました。

お釈迦さまの住む城には、4つの門がありました。
 
まず、東の門から城外に出ようとすると、老人を見かけました。
お釈迦さまは、お供(とも)の人にたずねます。
「人は年をとると、あのようになるのか。」

お供の人は答えます。「はい、人は誰でも老いるものです。」

見たことがないものばかりだったのでしょうか。
お城の中はキレイなものしかなかったということかもしれません。
 
同じように、南門で病人、西門で死者を見ました。

「私もいつか、あのようになるのだ。この苦しみは忘れることはできても、のがれることはできない。」

お釈迦さまは暗い気持ちで、最後に北門に向かいました。

そこで、1人の修行者に出会います。
「あなたは何のために修行をしているのですか。」

お釈迦さまの質問に、修行者はこう答えます。

「私は、この世の苦しみを乗りこえるために修行をしています。」

お釈迦さまは思いました。
「これこそ、私が求めていた道ではないか。」


「四門出遊」これは説話ですので、話の中に教えがあります。

そのつど、あれは何かと聞く、お釈迦さまはいい年をして老人も病人もわからないのか、と思う人がいるかもしれません。

しかし、質問には二つあります。

わからなくて質問する場合と、自分はよく知っているが相手に理解を深めさせるために聞く場合とがあります。

説話や御経は、あえて質問を致します。
「老」「病」「死」という人生の重大事実を。


私たちは、それらを目にしながら、生きていれば老・病・死の三苦は避けられないのに、誰もそれを自覚することなく日々を無為に生きていることを痛感いたします。

そして最後に北門を出たときに出家した修行者に出会い、その落ち着いた、清らかな足どりで歩く姿に感動し、自らも出家をしようと決意したといいます。

これが「四門出遊」、後世に生まれた説話です。

 


ところで、当時のインドあたりでは、古くからきびしい身分制度ができていました。身分を決めていたのは、「バラモン」と呼ばれる、大昔に、よその土地から移り住んできた人々でした。

バラモンたちは、政治など、世の中のすべてを、神への祭りや占いで決め、支配していました。たとえ王さまでも、バラモンの考えに反対してはならなかったのです。

「私たちバラモンは、選ばれた人間である。バラモンでない者は、神々にお供えをして、祈らなければ、幸せにならない。」

バラモンの儀式は、やがて形ばかりのものとなり、世の中は乱れていきました。

さて、お釈迦さまの様子が変わったのを見て、父親の王は、「王子は出家するのでは・・・」と心配します。

それは、お釈迦さまが生まれたときに、ある仙人が「この子の人生には2つの道がある。それは、王になってこの国を救う道と、出家して世界の人々を救う道である。」と言っていたからです。

父親としては、王子に自分のあとを継いでもらいたいので、出家しないように見張りをつけました。

また、このころ、出家を決意したお釈迦さまを引き止めるかのように、男の子が生まれました。

しかし、お釈迦さまの心は変わりませんでした。

「どんなに身分が高くても、みな老い、病気になり、死んでいく。

バラモンだって同じだ。病気には身分や生まれなど関係ないのだから。
ひでりや洪水だって、彼らがどんなに神々に祈っても、まぬがれることはない。
では、どうしたら、これらの恐怖に立ち向かうことができるのか。

私は、生きているうちに、その答えを知りたい。」

こうして、お釈迦さまは、年老いた父親も、育ててくれた母親も、妻も子も、国も身分も、何もかも捨てて、城を出ました。
 

 

城を出たお釈迦さまは、髪をおろし、「マガダ」という、インドの国境付近の国に向かいました。なぜなら、「マガダ国には、徳の高い行者がいるらしい」という噂が、お釈迦さまの国にも伝わっていたからです。
 

行者の名前はアララ仙人といい、300人の弟子がおり、お釈迦さまも、その中の1人となったのです。仙人は、弟子たちに「ヨガ」による修行をさせていました。

「ヨガ」は、後に仏教に取り入れられて、「坐禅」へと変わっていきますが、もとはインドに古くからある「精神統一」をするためのものでした。

「精神統一の間は、じっとしていて、何も考えてはいけない。欲も感情も捨てなさい。そうすれば、何ものにもとらわれない心を得ることができるだろう。」

アララ仙人のもとで修行したお釈迦さまは、あっという間にこの教えを理解しました。しかし、「人生の苦しみから救われるにはどうしたらいいのか」ということは分からず、仙人のもとを去ります。

お釈迦さまはその後、700人もの弟子を持つ「ウッダカ仙人」という、さらに高名な行者の弟子になりましたが、やはりその教えにも満足できませんでした。


「私が知りたいのは、病気や、死ぬことを恐れないで生きていくにはどうすればよいか、ということだ。たしかに、精神を集中している間は、心が落ち着いて、すべてが無くなる感じがする。しかし、これでは悩みをただ忘れているだけであって、問題の解決にはなっていない。私は、木や石になるために出家したわけではないのだ。」
 
お釈迦さまの修行は始まったばかりです。
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