ちこういん

昔の子供の教科書です

4月、子供たちの入学式、始業式。
 
江戸時代に寺子屋の教科書として使われていた「実語教」(じつごきょう)を紹介します。
 
「実語教」は平安末期に、何者かの知識人によって書かれた教訓書で、仏教の教えを基に、物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを優先すること、勉学に励むこと、親孝行し、年配者を労わること、他人の気持ちを思い遣ること等を説いています。
 
この実語教は約千年間、庶民の間で読み継がれ、日本人の価値観の基礎を作ったといって過言ではありません。これ程重要な書物なのに、現在、この名を聞くことはありません。教育の現場で登場することもなく、残念です。
 

全訳
山はただ高いから尊いのではない。
木が茂っているからこそ尊いのだ。
 
人は裕福だから偉いのではない。
智恵を持つからこそ偉いのである。
 
富というのは、生きている間だけ持てる物であり、
死んで体が消滅してしまえば、同時に失う。
 
一方で、智恵は長い年月にわたって持続する宝である。
命が終わっても、ついてくる。
 
玉は磨かなければ光を発しない。
光らない玉は、ただの石の塊だ。
 
人も学ばなければ智恵を持てない。
智恵のない人は、愚人だ。
 
蔵の中にある財宝は朽ちてしまうことがあるが、
体の中にある智恵は、朽ちることがない。
 
いくら大金を積んでも、
一日勉強したことの価値には及ばない。
 
兄弟といつまでも一緒にいれるわけではないが、
慈悲の心はいつまでも持ち続けられる。
 
財物は長く存在しない。
智恵こそが大事だ。
 
身体を構成する地・水・火・風の四元素は日々衰え、
心も次第に暗くなっていく。
 
幼い時に勉強せず、
老いた後に悔やんでも、
何の得にもならない。
 
だから本を読むことを嫌がってはいけない。
学問を怠ってはいけない。
 
寝る間も惜しんで毎晩、本を音読せよ。
空腹を我慢して一日中勉強せよ。
 
師に会っても、その人から学ばなければ、
無駄に一般人と会うのと同じだ。
 
習読しても、何度も繰り返さなければ、
ただ、隣の家の財宝を数えるくらい無駄なことである。
 
君子(立派な人)は智恵のある人を好み、
小人(つまらない人)は金持ちを好む。
 
金持ちの家に生まれたとしても、 
その人に価値が備わっていなければ、
霜の下の花のように存在感がない。
 
たとえ貧しい家に生まれたとしても、
智恵のある人は、
泥の中に咲く蓮のようだ。
 
父母は天と地であり、
師は太陽と月である。(自分より上の存在である)
 
親族は葦のようであり、
夫婦は瓦のようだ。(自分と同列の存在である)
 
父母には朝から晩まで孝行せよ。
師には一日中仕えよ。
友とは仲良くし、喧嘩するな。
 
自分より年長の者には礼儀正しく敬い、
自分より年下の者は可愛がれ。
 
智恵の持たない人は、
木や石と同じだ。
 
孝の心を持たない人は、
動物と同じだ。
 
三学(戒学・定学・恵学)を学ばずに、
どうやって七覚を身につけられよう。
七覚支:仏道修行における7種の注意点
(択法覚支・精進覚支・喜覚支・軽安覚支・捨覚支・定覚支・念覚支)
 
四等(慈・悲・喜・捨)の船に乗らないで、
誰が八苦の海を渡れるだろうか。
八苦:生・老・病・死・愛別離苦怨憎会苦求不得苦五蘊盛苦
 
八正道は広大な教えだけれども、
十悪を行う者にはできない。
八正道:仏道修行の基本となる8種の徳
(正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定)
十悪 :してはいけない10種の悪行
(貪欲・瞋恚・愚痴・綺語・両舌・悪口・妄語・殺生・偸盗・邪淫)
 
無為の都(浄土)に至り楽な心になるといっても、
だらしなく精進を怠る者はその境地に至れない。
 
老いた人を父母のように敬い、
幼い人を子どもや弟妹のように愛せよ。
 
自分が他人を敬えば、
他人は自分を敬う。
 
自分が他人の親を敬えば、
他人は自分の親を敬う。
 
自分の身を良くしたければ、
まず他人を良くしてあげなさい。
 
他人が悲しんでいるのを見たならば、
自分も一緒に悲しみなさい。
 
他人が喜んでいる声を聞いたならば、
自分も一緒に喜びなさい。
 
他人の善行を見たなら、自分もそれを速やかに行い、
他人の悪行を見たなら、自分はそれを行うな。
 
悪行を好んで行う者は不幸を招く。
それは、音が起これば響く、という関係と同じように当然のことだ。
 
善行を行う者は福を受ける。
それは、体にいつも影がついてくるようなものだ。
 
たとえ今が裕福であっても、貧しい時の気持ちを忘れてはいけない。
最初は裕福であっても、終わりに貧しくなることもある。
 
たとえ今が高貴な身分であっても、賤しい身分の気持ちを忘れてはいけない。
最初は高い身分であっても、終わりに賤しい身分になることもある。
 
習うのが難しく、忘れやすいのは、
音楽のような芸才。
 
学ぶのが容易で、忘れにくいのは、
読み書きの才能である。
 
食べるから存在できる。
身体があるから、命がある。
 
農業を忘れず、かつ、
必ず学問をやめてはならない。
 
後世の学問に励む者は、まず
この書(実語教)を読み、考えるべし。
 
この実語教は学問の出発点である。
死ぬまでここに書いていることを忘れるな。
 
 
以上です。
今の子供と昔の子供、考えてしまいます。
また、大人にも必要な気持ちですね。
 
ご紹介させていただきました。
 

 
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