ちこういん

親、親足らずとも

親、親足らずとも子は子たれ
 
孝は百行の本といいます。
親孝行は、あらゆる行いの大もととなるもの。
「百行」とは、すべての行いという意味です。
 
孝という心は
親のことを考えると、行ないも慎み深くなり、悪いことは出来なくなる。
親を喜ばせたいという行動
親を悲しませないための行動
親を心配させないための行動
このように思い、行動ができたらどんなにいいでしょう。
 
遠い数千年前から、神、仏、聖者は異口同音に「父母を敬する」ということを第一に挙げています。

仏教では「父母恩重経」に父と母への恩、その思いが説かれています。

「その大恩重きこと天のきわまりなきが如し」
「存命中は我が一身を捧げ尽くし、父母亡き後は、ただひたすら追善供養をすべし」と説かれております。

私たちの歴史である神道も古事記も日本書紀も同じく、親から子への命の流れを通して、日本の国柄が描かれています。
 
聖徳太子さまも、和を何よりも大切なものとし、いさかいを起こさぬことを根本としなさいといいます。
十七条憲法の第一条で、「人はグループを作りたがり、悟りきった人格者は少ない。それだから、君主や父親のいうことに従わなかったり、近隣の人たちとも上手くいかない。しかし上の者も下の者も協調・親睦の気持ちをもって論議するなら、おのずから物事の道理にかない、どんなことも成就するものだ」
と、親や目上の人の言うことを素直に聞くことを教えています。
 
西洋でも、旧約聖書「出エジプト記」の中に、モーゼの十戒にもありますが、
「汝の父と母を敬え、されば汝神に護られ、いのち永らえん」
と、父母あってこその私たちと教えてます。
 
一番最初に、一番身近で、一番に愛してくれる存在、それが両親です。


残念ながら両親を尊敬できないと言う人も多くおられるでしょう。

暴力を振るう親だったり、偏屈、冷酷な親もいます。尊敬したいが尊敬できない親がいることも事実でしょう。
 
「これでも孝を尽くすべきですか?」
と思われる方もいらっしゃるのかもしれません。
しかし、親を恨んで、親を認めなくて何になるでしょう。
自分を救うのは「自分自身の思いと行い」です。
 
孝の道とは
「親、親足らずとも子は子たれ」
自分自身の智慧と心の問題です。
 

三年の喪
宰我(さいが)が孔子に尋ねました。
「親に対する服喪は三年と決まっていますが、一年で十分ではないでしょうか。君子が服喪のために三年も礼の儀式に参加しないでいたら、礼制はおろそかになってしまうでしょう。また、三年も音楽を遠慮していたら、音楽はすたれてしまうでしょう。そもそも、一年たてば古米は食べつくして新米が出回りますし、種火だって一年ごとに新しくするのですから」
 
すると、孔子は言いました。
「では親がなくなって一年そこそこで、うまいものを食い、いい着物を着る。それでお前は平気なのかね」
 
宰我は答えました。
「はい、まあ・・・」
 
孔子は、
「では、そうするがいい。親が亡くなれば、ご馳走を食ってもうまくない、音楽を聞いても楽しくない。普通の暮らしをしても落ち着かない。だから君子は喪に服するのだよ。お前が平気だと言うなら、そうするがいい」
 
 
宰我が退室すると、孔子は誰ともなく言いました。
「何と言うことだ。子は生まれてから三年は親の懐に抱かれている。その親の死後、三年の喪に服するのは常識だろう。宰我だって、三年は親に抱かれていただろうに」と。
 
 
当時、親が死んだら、子は三年間の喪に服さなければならないことになっていました。その間は公務を退き、衣食住もすべて規定に基づいて粗末にし、特別の生活をすることになっていたのです。
 
 
宰我は孔子からは十哲の一人として、弁舌の才能に優れていると評価されていた門下です。今でいえばドライな人だったのかもしれません。形式と化した「喪」に意義を唱えたのです。
 
 

湯島聖堂

儒教の祖である孔子は、
形式もきわめて重く見ましたが、それよりも「孝」の心を大切にし、
「形式より心の問題」と説いたのです。
 
 
父母につかうるには幾諫す
親子の情愛というものは明らかに特別なものですが、その事を教えながらも、すべて親が正しく間違いがないという訳ではありません。そんなときは子として、親に対し諌めることも大事と説いていますよ。
 
 
子曰く、父母に事(つか)うるには幾(ようや)くに諫(いさ)め、志の従わざるを見ては、又た敬して違(たが)わず、労(ろう)して怨みず。

「大意」
先生がおっしゃいました。父母に仕えて、父母に欠点を見つけたときには、おだやかにいさめ、その結果、親の心が子のいさめに従おうとしないとわかったら、さらにつつしみ深くして逆らわず、ご苦労だけれど怨まないことだよ。


頑固で、周囲に迷惑をかけても全く聞く耳を持たない親がいます。
変わらないのだから、そうっとしておくしかないというわけです。
「労して怨みず」

自分のことしか考えない親もいて、怨みたくなるほど苦労はするけれど、堪え忍びなさい、と。
老いた親が頑固なのは昔から。

孔子先生は2500年以上前から苦労をわかってくださっているのです。

 

親孝行したい時には親は無し、墓に布団は着せられず
親孝行は先延ばしにせず、今日のこの一日で出来ることはしておいたほうがいいようです。
親が健在の方「親には一日三度笑って見せよ」と言います。
親に対して常に笑顔で接する事が出来たらいいですね。
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