ちこういん

持っていけるもの

お迎え



今「生と死」から学ぶ機会が減りました。 
 
日本では、「お迎えが来る」、つまり臨終の瞬間は、90%以上病院だそうです。
生まれる時も、産婦人科が多いでしょうから、人の一生の始めと終わりが病院になりますので、仕事で忙しい世の中ですから、その瞬間に立ち会えないことがほとんどです。
 

私たちの社会は競争社会。
感傷に浸っている暇は無いようです。
流れ作業。
心はどこかに置いていきましょう。
そうしないと取り残されてしまう。
負けてしまう。
 
 
どうして、こうなって来たのでしょう?
 
 
上を見たらきりがない。
下を見たらああなりたくない…。
 
 
求めることが多すぎますね。
ホントはそうでもないけど、みんながそうしてるから!
 
 
お迎えが来たとき、何が頼りになるのか。
 
 

お釈迦さまが、現世における価値について話しています。

あるところに4人の妻がいる男性がいました。
その男性は死期を悟り一人で死ぬのが嫌なので、

妻に一緒に死んで欲しいとお願いします。

一人目の若くて美しい自慢の妻は、

私はまだ死ぬような年ではないからと断ります。

二人目の妻は名声と権力を兼ね備えていますが、

今死ぬと国が大変になるからと断ります。

三人目の妻は男性と似た感じの雰囲気ですが、

こちらはこちらで忙しいからと他人事のように断ります。

四人目の妻は大変みすぼらしく普段は気に掛けていないのですが、
なんとそれを受け入れてくれます。
 
 
こんな話、何を意味してる?
一人目の妻は現世における男性の肉体
二人目の妻は男性の財産
三人目の妻は男性の家族、兄弟
四人目の妻は男性の業(カルマ)を表しています。
 
 
あの世には、富も名声も権力も何一つ持っていけません。
私たちが羨んでいる物は、全て一時的なもの。
ちょっと虚しいことだと思いませんか?
でも、求めてしまうのでしょうね。
 
 
それでも、少しでも、持っていける善業を積みたいものです。
 
 
お釈迦さまは、
他人の幸せを喜んであげるだけで、徳を積むことができる、
そうすれば善行の結果としての恵みが得られるとおしえていますよ。
 
 
シンプルです。すぐに実行できます。

それは、知り合いにうれしいことがあったときに、「良かったね」と言ってあげるだけ。

 
 
たとえば、友達が結婚します。招待されました。
もしかすると、心の中には、
「うらやましいな。よく見つけてきたなぁ」
「自慢したくて、わたしを呼んだのかな」
というような嫉妬の気持ちが芽生えるかもしれません。
 
 
「悪いところは無いのかな、喧嘩しない?大丈夫?」
と余計な心配をしたくなるかもしれません。
 
 
けれど、相手が喜んでいるのですから、
そんなマイナスな気持ちは捨てて、一緒に喜んであげるのです。
 
 
そうすると、いつの間にか心が変わっていきます。
 
 
「何かいいことがあってよろこんでいる人」は、意識すると見つかりますよ。
 
 
「おめでとうございます。よかったですね。」
他人の幸せを自分のことのように喜べる人。
心にパワーが漲ります。
人からも信頼され、いい人間関係が築かれます。
「類は友を呼ぶ」ということです。
 
 
そして、自分自身が周囲のみんなから「よかったね」と祝福を受けるような、いいことを引き寄せてくれるのです。
 
 
人生、徳を積んで、いい思い出を作って、お迎えを待ちましょう。
いつか、行く道なのです。
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