ちこういん

親は天地と教えてるよ

私たちにとって親とは?
 
親は、誰もが子供の健やかな成長を願っています。
子供である私たちは、自分のことは自分で決めると思ってしまいますよね。
でも、健康は大事ですよ。
自分の身体を大切にすることが必要ですね。
 
私たちの先祖は、自分の身体を単に自分の体だとは考えませんでした。
どういうことでしょう?
 
儒教の古典『孝経』
『孝経」は、孔子が弟子の曽子のために、孝の大切なことを教えた本です。
 
身体髪膚(しんたいはっぷ)之(こ)れを父母(ふぼ)に享(う)く。
敢(あ)えて毀傷(きしょう)せざるは、孝の始めなり。
 
(訳)私たちの身体は、髪の毛から皮膚に至るまで、すべて、両親から譲り受けたもの。この大切な身体を傷つけることのないように生活することは、親孝行の第一歩です。
 
昔の人は、自分の身体は父母から与えられた体だと考えていました。
親が死んだ後も、自分の体は父母が残してくれた体。
父母は死んでも、自分の身体として生き続けている。
だから、自己の身体は、父母の尊体でもある。
だから大切にしなければならないと考えたのです。
 
 
そこには、親への感謝の思いがありました。
また、生命への確かな実感がありました。
つまり、生命とは親から与えられ、自分を通じて、子孫へと過去・現在・未来と受け渡していく、生命の連続性と一体性というものを実感していました。
ちょっと前までの日本人は、私たちよりずっと深くとらえていたわけです。
 


「天地父母」について
私たちの先祖は、自然をもっと身近なもの、自分の親のようなものだと考えていたようです。
儒教に「天地父母」という言葉があります。
天とは天空、地とは大地です。宇宙と地球といってもいいでしょう。
天を「父」
地を「母」
と呼び、天地大自然とは人間の親のようなものだとする言葉です。
 
江戸時代の思想家・貝原益軒は、次のようにいいます。
「およそ人となれる者は、父母これを生めりといえども、
其の本をたづぬれば、天地の生理を受けて生る。
故に天下の人は皆天地の生み給ふ子なれば、天地を以て大父母とす。
尚書にも天地は万物の父母と言へり。父母はまことにわが父母なり。
天地は天下万民の大父母なり。
其上生れて後、父母の養を得て成長し、
君恩を受けて身を養ふも、
其本をたづねれば、
皆天地の物を用ひて食とし、衣とし、器として身を養ふ。
故におよそ人となれる者は、初めて天地の生理をうけて生まるるのみならず、
生れて後、身を終るまで、天地の養を受けて身を保てり。
然れば人は万物にすぐれて、天地の窮りなき大恩を受けたり」
 
(訳)
人は、父母から生まれたものだが、
そのもとを考えると、天地大自然から生まれている。
だから、人はみな天地の子であり、
天地は実際の父母に対して大父母なのだ。
人は生まれてから、親に養ってもらって成長し、
主君や天皇の恩を受けて生活しているが、
そのもとを考えると、
人はみな、衣食住すべて自然のものを用いて生活している。
だから、人間は、天地大自然の恵みを受けて生まれるだけでなく、
生まれてから死ぬまで、天地大自然の限りない恩恵を受けている。
 
 
「仁」のこころ
「わが父母につかへて力を尽すは言ふに及ばず、
一生の間常に天地に事へ奉りて、其大恩を報じ奉らんことを思ふべし。…
 
すべて父母の家に居ては、父母に専に孝を尽し、
君に仕へては君に専に忠を尽す如く、
天地の中に在りては、天地に事へ奉りてを尽すべし」
 
(大意)
人は、父母の恩に報いるだけでなく、天地の恵みに対しても報いていかねばならない。父母に孝行し、主君や天皇に忠義を尽くすように、天地大自然に対しては仁愛を尽くすべきであると。
 
天地大自然に感謝し、その恩に報いるのが人として為すべき務め、
天地大自然に対するときに大切なものが、「仁」だと、益軒はいいます。
 
 
「万物をあはれむを仁と言ふ。
仁とはあはれみの心なり。
是れ天地の御心に従ひて天地に事へ奉る道なり。
人倫のうち親を親しみ、次に万民を憐み、
次に鳥獣およそ生けるものをそこなはず、
是れ天地の御心に従ひて仁を行ふ序なり」
 
(大意)
「仁」とは、あわれみの心。
親から始まってすべての人に愛情をもつこと。
次にすべての生き物に対して愛情をもつこと。
それが天地大自然に従うこと。
 
「天地父母」という考え方で、孝養に、自分を大切に、自然にそった行動にと、心身共に、より健康な生き方ができるようになればいいですね。

お寺では、毎月萬霊供養として、大切な心を伝えています。


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