ちこういん

中山法華経寺と遠壽院荒行堂

御祈祷を受けにお参りに行ってきました。

 
中山法華経寺
日蓮聖人に深く帰依して富木(とき)常忍は、文応元年(1260)、館の傍らに一宇を建立して法華寺と。同じく有力な檀越であった太田乗明もまたその館を改めて本妙寺と、その後、元徳三年(1331)、両寺が合併して法華経寺と号しました。
 
国指定重要文化財 法華経寺祖師堂

昭和六十年五月十八日指定
構造形式 桁行七間、梁間七間、一重、比翼入母屋造、

正面向拝三間、背面向拝一間、こけら葺、附棟札 十一枚

祖師堂は宗祖日蓮聖人をお祀りするお堂で、最初は鎌倉時代の正中二年(1325)に上棟した小規模な五間堂でした。その後、焼失などのため数回の再建があり、現在の祖師堂は江戸時代中期の延宝六年(1678)に上棟されたものです。


建物は大規模な七間堂で、屋根を二つ並べたような比翼入母屋造の形式を持つのが特徴です。このお堂の他に比翼入母屋造の屋根を持つのは全国でも岡山県にある吉備津神社本殿(国宝)だけです。

 


国指定重要文化財 法華経寺五重塔

大正五年五月二十四日指定
建築年代江戸時代元和八年(1622
構造形式三間五重塔婆瓦棒銅板葺
この五重塔は本阿弥光室が両親の菩提を弔うために、加賀藩主前田利光公の援助を受けて建立したものです。塔の総高は九八尺(約三十m)で近世の五重塔としては標準的な規模となり、東京都大田区池上にある本門寺の五重塔(重要文化財)や台東区上野の寛永寺五重塔(重要文化財)とほぼ同じです。

 


聖教殿
中山法華経寺には、日蓮聖人の御真筆、国宝、重要文化財六十四点、その他が格護されてありますが、その完全な保存を図るために建てられたものであります。盗難、火災、虫害、湿気の害等を長きに亘って受けないよう、近代科学をとり入れた保存方法が講じられています。
この宝殿が建設されたのは、昭和六年でありました。計画の発議は、七年前、当時の法華会理事長東京帝国大学教授法学博士山田三良氏を中心に法華経寺、日蓮宗宗務院、その他多方面の協力によって実行された事業であります。建物の設計者は、東京帝国大学教授工学博士伊東忠太氏でありました。

 

 


中山遠壽院

「根本御祈祷系授的傳加行所」と称され、また「荒行堂」とも通称されるように、修法の相伝を使命とする加行道場をして、約四百年の伝統と歴史を有する、仏教界でも特異な寺院です。



時代が戦国になり、修法祈祷を代々受け継ぐ為に、この法華経寺では、一門のなかから特に行力堅固、志念力の厚い者を選び、神文起請のうえ選ばれたのが経王院日祥上人で、天正十九年(1592)一月二十日新たに堂宇を建立したのが荒行堂の始まりです。
初代修法伝師となったのが遠壽院日久上人で、後に、その徳行を慕い、上人のお名前をお寺の名前として、遠壽院となりました。
 


荒行は厳しいので、お寺ですが鉄条網が二重に張り巡らされています。
逃げられないようにです(笑)。
修行僧のお坊さんは受刑者ではないのですが、そういう扱いです。
少し悲しいですね。かわいそうです。
あの若い頃が懐かしくなりました。
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